羽由来の言の葉

詩、随筆、日々のこと

もう少し

時が追いかけてくる

止められないまま

ただすくむだけの足に

苛立っている

流されるままに

時間を追いかけられない自分に

また、扉が開く

 

押し寄せる人並みのかけら

つかみはじめた勇気

ありのままの自分では

もういられないけど

高く高く登るから

今が明日を追い越して

早く早くかけるから

そうあなたにも追いつける

 

夕暮れの海は悲しげで力強く

夢のかけらと一緒に沈む

明日またねと声をかけたら

また始まりが

時を渡って

やって来た振り向きもせず

 

ああ私で良かったのかな

あああなたに会えて良かった

 

朝日を浴びて立つ

小さな燃える光を

浴びて必ず必ずと

誓ったから

別れの時が来ても

きっと笑えるはず

明日の扉はすぐそこ

もう少しだよ

 

その先へ

使いたい言葉が

使えなくなって

指切りする手も

答えを持たなくて

焦ってつかんだ夢のかけらも

本物か偽物かわからなくて

 

明日を信じる勇気が

今私に少しでもあれば

そんなことを考えながら

時間はゆっくりと先へ

歩いて行く

 

つまづく事が悪くないんだと

そこから進まない自分に言う

明日は古い扉を閉めて

新しい扉に向かって立つ

 

空が溢れるほど泣いている

君は傘など持たないけれど

私を未来へと連れ出してくれる

だけど

 

明日が私にとって信じられる

そこまで辿り着ける道がある

今は何もないこの手にも

暖かいあなたの手の

温もりを

胸に

ただ

歩いてく

掴んでく

つながってく

そこに私の場所があると信じて

好きになるしかないかな

いつも、誰に対しても、どんな時でも、優しく、笑顔でいたいのに

いつでも、誰に対しても、どんな時でも、精一杯を尽くしたいのに

 

私が小さくて

私が甘えたで

私が私であるから

なかなか、出来なくて

今日の終わりにまたため息を吐く

 

高い高い壁なんだ

出来ることは限られてるんだ

でも突き抜けたい

でももがきたい

そういつも思ってしまうんだ

やるせないけど

そんな自分を好きになるしかないかな

そんな自分を許すしかないかな

 

明日は、晴れても、雨でも

 

 

 

嫁入りダンス

母の嫁入りダンスを処分しました。

長年の着物も一緒に。昔は桐のタンスと言えば、桐そのものが剥き出しになっているタンスでしたが、母の時代はそこにさらに丈夫で重い木でしっかり覆って作られたため、一生使えるようなタンス。それを嫁入り道具とすることが多かった時代。ですが、手狭な我が家では、少し存在感が大きくなり過ぎて、とうとう母を説得し、処分にこぎつけた。さよならの日、大きなタンスは、我が家の水まわりの工事を担当してもらった馴染みの業者さんに入っていただき、上と下に分解され、2階から持ち運ばれました。母は、見向きもせずおりましたが、トラックに乗せられたタンスを見ていたので、「大丈夫?」と聞いたら「大丈夫。もう私は、捨てると腹括ったから」と。。。大丈夫かな?でも、やはり広くなった我が家は、スッキリ、軽やかに。タンスさん、今まで、母を支えてくれてありがとう。

 

失敗を引きずる脳

仕事で失敗したら、引きずるほうでしょうか?

私は、引きずります。それはもう嫌になるくらい。当然その日は眠れません。ちょうど今がそれ。そして、夜な夜な携帯を見て、「仕事を引きずらない」で検索。「仕事で失敗した時にする◯つのこと」が上位ヒットし、それを読み漁ります。今も胃のあたりがモヤモヤ。ドキドキ。おさまらなければ、次はマインドフルネス。深呼吸で吸うを頭で4、吐くを頭で6数えるを繰り返す。脳が少し喜んでいるのがわかる。それで寝られる時もあります。もう一つの作戦は書く。今のように。書いていると頭が少し整理され始めて、本来何で落ち込んでいるかが明確になり、落ち着きます。そうして、あの手この手をするうちに眠くなり、寝落ちするまでが通常の落ち込んだ日の流れ。人間生きてたら、いろいろありますよね。いちいち反応していたら、切りがないのはわかっているのだけど、、。

落ち込んだら、その日だけ落ち込むことを許しています。そして、次の日まで引きずらないように、いろんな魔法をかけます。ですが、次の日まで、引きずらない自分がいるかどうかは、朝になって動き出さないとわからない。朝起きて、身体を起こすまではネガティブでも、日の光を浴びて、体が動き出すと、ベットでまだ引きずっていたことがなくなることもあります。なので、朝起きて活動を無理やりでもしてみることは必要です。落ち込んだ次の日は、朝、目覚めて布団の中であれこれ考えるのも禁止。夜が明けていたら、即、身体を動かずことも、引きずらない手助けになっている気がします。これを書いていると少し楽になって来ました。魔法が効いてきたかな。

心を吐き出す

残業時間帯に漸く自分の仕事ができる

そんな日々を過ごしている

朝も夜も大して変わらない部屋の中で

ひたすらパソコンに向かう

情緒も感動も何もない

豊かさとはこんなことではないはずと

思いながら毎日、毎日

 

途切れることなく仕事が山積みされ

どこかの優秀な彼女は

危機感を抱いているのに

もはや、それも感じなくなっている

私が異常なのか

もっとやる気のある人が

上に立つべきだから

私は今のままで大丈夫

比べるな

損をする

マイペースを崩すのはらしくない

 

今年も終わり

今年最後の日がやって来ましたね

日本人に生まれたからには

ハロウインよりもクリスマスよりも

この日を大切にしたくなります

少なくとも私は

何も起こらなくても

寒さを堪えて家の外まで隈なく

掃除をしようとしたり

しめ飾りにおせち

3日日に働くなんてやぼと言わんばかりに

今日までやたら準備をし

明けた途端にパーンと弾けて

日の出を見に行ったり

初詣に行ったり

はたまた31日の夜には

紅白にかじりついて飲んだくれて

寝坊の末、1日にはまたお屠蘇をと

今度は立派なお重に敷き詰められた

おせちにかじりつく

私は毎年ほぼこのパターン

 

そんな時の過ごし方に

何もかもをリセットされることに

万全を尽くすようなそんな風習に

いつもワクワクする。

今年は異例のコロナ禍の年明けとなり

動きが鈍くなりますが

それでも相変わらず

少し制限されるけど

できる限りの準備の仕上げを

することにします